安養坊村(読み)あんようぼうむら

日本歴史地名大系 「安養坊村」の解説

安養坊村
あんようぼうむら

[現在地名]富山市安養坊

呉羽山(くれはやま)丘陵の北東端山麓に位置し、牛(うし)ヶ首(くび)用水の支流に面する。北・東は五艘(ごそう)村。村名は安養坊山麓(呉羽山)に立地することに由来(婦負郡志)。五艘村から呉羽山に至るまでの登路を安養坊坂と称し、「七まがり」とも通称された(「越中志徴」など)。寛永一〇年(一六三三)安養坊坂の上に茶屋を建てるにあたり、安養坊茶屋の清左衛門に申付状が出された(「御用留」内山家文書)。また桜谷(さくらだに)より下は道心(どうしん)山ともよばれ、これは天正一三年(一五八五)佐々成政が剃髪して羽柴秀吉の陣に降伏したことに由来するとされる(「越中志徴」など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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