宗佐村(読み)そうさむら

日本歴史地名大系 「宗佐村」の解説

宗佐村
そうさむら

[現在地名]加古川八幡町宗佐やはたちようそうさ

村の北に位置し、北は美嚢みの川・加古川。慶長国絵図に「さうさ村」とみえ、北に「北さうさ」、南に「加子市場」「小山」が記される。正保郷帳では田方五三六石余・畑方一一七石余。正徳五年(一七一五)の船持惣代に嘉兵衛がみえる(「加古川筋高瀬舟一件」畑家文書)。文化一一年(一八一四)一橋領志方しかた庄八ヵ村の年貢米さと村より津出しすることとなり、印南いなみ国包くにかね村と宗佐村の高瀬舟が運送を命じられた(「年貢米津出し国包・宗佐村船持に仰せ付けられる一件写」岡本家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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