宝田院(読み)ほうでんいん

日本歴史地名大系 「宝田院」の解説

宝田院
ほうでんいん

[現在地名]沼隈町常石

南に瀬戸内海を望む山際にあり、無量山と号す。真宗大谷派に属し本尊阿弥陀如来。鎌倉時代末、中国地方真宗布教の中心となった山南光照さんなこうしよう寺の開基と伝える明光が光照寺を弟子明空(良誓)に譲った後、明誓を連れて山南市場いちば隠居、明光の死後明誓がこの隠居寺を継いで宝田院と号したという。

天正一四年(一五八六)と文禄元年(一五九二)の二度にわたり焼失

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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