宝積坊跡(読み)ほうしやくぼうあと

日本歴史地名大系 「宝積坊跡」の解説

宝積坊跡
ほうしやくぼうあと

[現在地名]美里町白石

本山派修験に属し、京都聖護しようご院末であった。現在の白石しろいし地内上田氏宅が当坊にあたり、母屋左手の不動堂には本尊不動明王が安置されている。開山などは不明であるが、明応年間(一四九二―一五〇一)頃より榛沢はんざわ郡のうち一〇ヵ村の年行事職を勤めた。永禄(一五五八―七〇)頃に東林坊との間に年行事職の相論があったが、永禄二年七月二九日聖護院門跡は東林坊の違乱を禁じ、宝積坊にこれを安堵し(「聖護院門跡御教書」上田文書)、同年一〇月二日に小田原北条氏からも追認された(「北条家印判状」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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