宮山墳墓群(読み)みややまふんぼぐん

日本歴史地名大系 「宮山墳墓群」の解説

宮山墳墓群
みややまふんぼぐん

[現在地名]安来市西赤江町 宮山

田頼(たより)川左岸の低丘陵に造られた墳墓群で六基からなる。一号墳は神(かみ)塚ともよばれ、出雲第二の規模を誇る前方後方墳であったが、安来市立第三中学校建設のため消滅した。昭和三〇年(一九五五)と同三五年に調査されたが、埋葬施設はすでに失われていて検出できなかった。復原全長約五七メートルあり、埴輪・葺石をもつ。古墳時代中期、五世紀代の古墳と考えられる。二―六号墳の部分は、宅地造成計画があったのに伴い昭和四九年に県文化財愛護協会が調査したが、関係者の努力で保存されることになり、仲仙寺(ちゆうせんじ)古墳群宮山支群の名で国の史跡指定を受けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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