宮手村(読み)みやでむら

日本歴史地名大系 「宮手村」の解説

宮手村
みやでむら

[現在地名]紫波町宮手

東根あずまね山麓の南東部とじんおかとの間に広がる平坦地に位置。南は上平沢かみひらさわ村、東は陣ヶ岡村と二日町ふつかまち新田、西は吉水よしみず村と鱒沢ますざわ村、北は下松本しもまつもと村と太田おおた(現矢巾町)正保国絵図に宮手村とみえ、高一四五石余。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付では蔵入高七八五石余、七ヵ年平均の免四ツ三分四厘。元禄十郡郷帳による〆高は、田方九六五石余・畑方六九石余。元文三年(一七三八)の給人書上によれば、原平兵衛の知行地があった。「邦内郷村志」では蔵分五一四石余、給分・寺社領四七九石余,家数五六、馬八三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む