宮野浦(読み)みやのうら

日本歴史地名大系 「宮野浦」の解説

宮野浦
みやのうら

[現在地名]米水津村宮野浦

色利(いろり)浦の東、米水津湾の南東部に位置し、東端の丸(まるばえ)ノ鼻とその東方の地黒(じぐろ)島・沖黒(おきぐろ)島など大小の小島周辺の絶好の漁場を含む。宮浦とも記す(元禄見稲簿ほか)。正保郷帳では米水津郷に属し、畑方のみで高二石余。元禄郷帳・天保郷帳では下浦(しもうら)村の内に含まれたと思われ、元禄見稲簿では下浦村の内で無高。享保一八年(一七三三)の村明細帳(米水津村誌)によれば高二八石余・反別畑四町一反余(うち屋敷四反余)、ほかに新畑三石余・反別七反余、家数二八・人数二四六、小引網三帖(運上七九〇匁)、小漁運上六〇匁・はた運上四五匁、廻船三(運上四四匁)、網船六・手網七・御役目小船一(以上運上御免)、小船八(運上一六匁)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の宮野浦の言及

【北浦[町]】より

…北は大分県に接し,南東は日向灘に面する。主な集落は古江,市振,宮野浦,三川内で,近世を通じて延岡藩に属した。町域の大半は山地で占められ,山間部の中央を占める三川内地区には北川の支流小川が西流し,米作を中心にタバコ,シイタケ栽培など農林業が営まれる。…

※「宮野浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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