日本歴史地名大系 「宮浦」の解説
宮浦
みやのうら
宮浦村内に設定された浦分。北方の
宮浦は藩米の大坂への輸送や、他国米・材木の輸送など廻船業を主たる生業とし、福岡藩領内でもっとも大型の廻船があった(続風土記拾遺)。
宮浦
みやうら
宮浦
みやのうら
- 大分県:北海部郡
- 宮浦
古代海部郡にあった津。「豊後国風土記」速見郡の項に「昔者、纏向日代宮御宇天皇、球磨贈於を誅せんと欲して、筑紫に幸す。周防国佐婆津より発船して渡り、海部郡宮浦に泊てたまいき。時に此の村に女人ありて名を速津媛といい其の処の長なり。即ち天皇の行幸を聞き、親しく自ら迎え奉る」とある。この比定地について「箋釈豊後風土記」は宮浦を海部郡としたこの記事は誤りであるとして「宮浦、今海部郡南浜にあり。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報