宿那彦神像石神社(読み)すくなひこかみかたいしじんじや

日本歴史地名大系 「宿那彦神像石神社」の解説

宿那彦神像石神社
すくなひこかみかたいしじんじや

[現在地名]鹿西町金丸

眉丈びじよう山麓宮地谷みやじだに南東に面して鎮座する。祭神は少彦名命。旧郷社。「延喜式」神名帳に載る能登郡の同名社に比定されるが、七尾市黒崎くろさきの同名社に比定する説もある。社伝によれば、「三代実録」貞観二年(八六〇)六月九日条に能登国大穴持神とともに「宿那彦神像石神二前、並列於官社」とあるのが当社で、祭神の少彦名命は大己貴命とともに当地にきて邑知おうち潟にすむ毒蛇を退治し、国土を平定して、この地の石に神霊を留めたのに始まるという。承応二年(一六五三)の「三州式内等旧社記」に、今は金丸明神と称し一宮気多神社の摂社と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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