宿院町浜(読み)しゆくいんちようはま

日本歴史地名大系 「宿院町浜」の解説

宿院町浜
しゆくいんちようはま

[現在地名]堺市宿院しゆくいん西にし二―四丁

今市いまいち町の西から海岸に至るまでの町。元禄二年(一六八九)堺大絵図には「宿院浜」とあり、大浜おおはま筋両頬とさらに西に四筋の道が描かれている。同絵図によると四一筆の宅地からなり、町会所は大浜筋東頬にあり、その北隣には東光とうこう寺、南隣には光接寺を記す。また大浜筋には寛保二年(一七四二)漁獲物水揚げの地として松屋まつや新田を開いた松屋作左衛門の大きな屋敷があった。文久三年(一八六三)堺大絵図には前掲元禄大絵図の西にさらに二筋を描く。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む