日本歴史地名大系 「大浜」の解説
大浜
おおはま
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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三河国(愛知県)碧海郡の港町。海運の要地として室町時代からその名をあらわし,応永(1394-1428)ごろの称名寺文書によると,当時問丸の所在地であり,大小の船が入港して材木の集散地となっていたことが知られる。尾張,伊勢と三河の交通路にあたっていたことも,中世の紀行文に記されている。戦国大名は戦略上の要地として重視した。江戸時代には年貢米輸送の基地として利用され,多くの商品の積出港として栄えた。1635年(寛永12)碧海・幡豆・宝飯3郡の港として幕府の代官が指定した5ヵ所湊の一つ。1798年(寛政10)廻船8艘が所属。多量の酒とともに商い米,瓦,繰綿などが江戸積みされた。1836年(天保7)改めの三河の下り酒のうち碧海郡の分は3万2112石余,その大部分が大浜から積み出された。江戸からの帰り荷には大豆,小豆,干鰯(ほしか),〆粕(しめかす),魚油,空樽などがある。明治に入っても商港として栄えた。1948年周辺町村と合体し碧南市となった。
執筆者:村瀬 正章
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
愛知県碧南市(へきなんし)南部の地区。旧大浜町。衣(ころも)ヶ浦湾の中心漁港(大浜漁港)がある。江戸時代、大浜湊(みなと)は三河(みかわ)五箇所湊の一つで江戸廻船(かいせん)の基地として栄えた。現在は重要港湾衣浦(きぬうら)港の中心地区。海水浴場玉津浦一帯は埋め立てられて臨海工業地帯になった。1871年(明治4)の神仏分離反対一揆(いっき)で有名な大浜騒動(鷲塚(わしづか)騒動)の中心。名古屋鉄道三河線、国道247号が通じ、海底トンネルによって衣浦港の対岸の半田市と結ばれている。
[伊藤郷平]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…市内中央部の洪積台地上に集落が発達し,東部の矢作川沿岸と北部の油ヶ淵周辺には近世の干拓新田が展開している。衣浦(きぬうら)湾に面する大浜は,室町時代から港町として開かれ,近世には江戸廻船の基地にもなった。当時,江戸に搬出されていた三州瓦,みりん,鋳物は現在も伝統工業として盛んに生産されている。…
※「大浜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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