富ヶ谷村(読み)とみがやむら

日本歴史地名大系 「富ヶ谷村」の解説

富ヶ谷村
とみがやむら

[現在地名]白井町ふく南山みなみやま一―三丁目・堀込ほりごめ一―三丁目

法目ほうめ村の南、二重ふたえ川左岸に位置。川沿いに田地があるほかは台地。留ヶ谷とも記され、元禄郷帳はトメガヤの訓を付す。中世埴生西条はぶさいじようのうち。寛元元年(一二四三)一一月一一日の香取社造宮所役注文写(香取文書)に「垣生西内富谷郷」とみえる。文永期(一二六四―七五)の造宮記録断簡(同文書)には「(埴)生西条内富(谷)郷」とあり、香取社の摂社瞻男社の造営本役として作料官米三〇石などが充てられており、地頭金沢実時が担当している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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