富木車塚古墳(読み)とのきくるまづかこふん

日本歴史地名大系 「富木車塚古墳」の解説

富木車塚古墳
とのきくるまづかこふん

[現在地名]高石市西取石三丁目

国鉄阪和線富木駅南西、国道二六号の脇にあった前方後円墳で、住宅開発によって昭和四〇年代後半に消滅。信太山しのだやま丘陵から北に延びる標高一〇メートル前後の低位段丘先端部に築造されたもので、全長(復元)四八メートル、後円部径二五メートル・高さ五メートル、前方部(復元)一八メートル。昭和三四年(一九五九)発掘調査され、周濠・葺石・埴輪を伴わず、墳丘はすべて盛土で築かれていたことが明らかとなった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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