富松城跡(読み)とまつじようあと

日本歴史地名大系 「富松城跡」の解説

富松城跡
とまつじようあと

[現在地名]尼崎市富松町二―三丁目など

伊丹城南西に所在した中世城郭跡。長享元年(一四八七)一一月日の如意庵領摂津国鳴尾田地年貢算用状(大徳寺文書)に「富松城」とみえ、当城縄竹代が京都大徳寺如意庵領に賦課されている。永正一六年(一五一九)一二月二日細川高国方が在城し、翌年二月には逆に細川澄元方が在城しており、両細川氏の争奪の的となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む