富田幸七(読み)とみた こうしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「富田幸七」の解説

富田幸七 とみた-こうしち

1854-1910 明治時代蒔絵(まきえ)師。
安政元年生まれ。山本武光にまなぶ。京都奨美会依頼により制作した作品博覧会などで好評を博し,宮内省買い上げとなった。明治34年京都市立美術工芸学校教諭。明治43年死去。57歳。京都出身。旧姓奥村。作品に「名取川蒔絵硯箱」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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