寺久村(読み)てらくむら

日本歴史地名大系 「寺久村」の解説

寺久村
てらくむら

[現在地名]岩井市寺久

借宿かりやど村南西、鵠戸くぐいど沼の東に所在。鵠戸沼に突出した台地に寺久遺跡があり、竪穴住居跡から石数個をもつ炉跡、土器片、縄文後期の石剣が出土。天正二年(一五七四)の古河公方足利義氏料所目録(喜連川文書)に「てらく」とあり、印東出羽介の領地

近世には下総関宿藩領。文化一〇年(一八一三)の助郷役免除願(北下総地方史)に「畑方山付に御座候所特に金(ママ)院除地原山五十町余之候得共猪鹿多く作物喰荒し難渋仕候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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