寺井廃寺(読み)てらいはいじ

日本歴史地名大系 「寺井廃寺」の解説

寺井廃寺
てらいはいじ

[現在地名]太田市寺井・天良

大間々おおまま扇状地の南東端にあたる低洪積台地、標高六三メートルに所在。昭和二三年(一九四八)遺跡の一部が発掘されて礎石や瓦・鉄釘が出土したが、その後は発掘調査がなされず伽藍配置は不明。瓦が比較的豊富に出土している。軒瓦は白鳳期から平安期まで六種で、量的に最も多い創建期の軒瓦は川原寺式の複子葉八弁蓮華文軒丸瓦と三重弧文軒平瓦の組合せで、群馬郡群馬町の上野国分寺跡の単子葉五弁蓮華文軒丸瓦と唐草文軒平瓦の組合せも比較的多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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