射越村(読み)いこしむら

日本歴史地名大系 「射越村」の解説

射越村
いこしむら

[現在地名]岡山市西大寺射越さいだいじいこし

吉井川左岸沿いに位置し、集落の中央を干田ほした川が南へ流れる。北は福山ふくやま村、東は上寺うえでら(ともに現邑久郡邑久町)、西は吉井川を挟んで西大寺村。長享二年(一四八八)余慶よけい(現邑久町)の涅槃像施主連名書によると、結衆のなかに五郎次郎をはじめ射越村の者一三人がいる。元和―寛永期(一六一五―四四)の邑久郡物成秤帳によれば、元和七年の物成高一二八石余。正保郷帳では高二七一石余、枝村に和田わだ村が載る。「備陽記」によると田畑一九町四反余、家数五六・人数三八九、小船一。文化年間の「岡山藩領手鑑」では直高五二六石余、蔵入。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む