将門神社跡(読み)まさかどじんじやあと

日本歴史地名大系 「将門神社跡」の解説

将門神社跡
まさかどじんじやあと

[現在地名]佐倉市大佐倉

奥ノ宮と通称された妙見社と中ノ宮と通称された将門山まさかどやま大明神(将門明神)が、明治初年合祀されて成立した神社。近くには口之宮くちのみや神社がある。妙見社は将門町地内にある大佐倉おおざくらの飛地にあった。同地は戦国期の本佐倉もとさくら城跡(現酒々井町)の外郭部にあたり、千葉氏の有力家臣の屋敷地に付随した社とみられる。延享三年(一七四六)の大佐倉村明細帳(宝珠院文書)には妙見堂とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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