小北山村・平野村(読み)こきたやまむら・ひらのむら

日本歴史地名大系 「小北山村・平野村」の解説

小北山村・平野村
こきたやまむら・ひらのむら

[現在地名]北区平野〈上八丁柳(かみはつちようやなぎ)町・上柳(かみやなぎ)町・桜木(さくらぎ)町・鳥居前(とりいまえ)町・八丁柳(はつちようやなぎ)町・東柳(ひがしやなぎ)町・宮北(みやきた)町・宮敷(みやじき)町・宮西(みやにし)町・宮本(みやもと)町〉

「京都府地誌」によると小北山村と平野村は行政的に別村で、明治元年(一八六八)の合併と記すが、享保一四年(一七二九)山城国高八郡村名帳の村高は組合村として二村合して記される。東は紙屋(かみや)川(天神川)、北と西は大北山(おおきたやま)村、南は松原(まつばら)・北野(きたの)の両村に接する。「山城名跡巡行志」に「属邑一」とあるのは「京都府地誌」に「同(葛野)郡宇多村ニアリ、山林弐拾三町三反七畝弐拾八歩」と記す飛地のことである。

山城国高八郡村名帳による村高は四二六石七斗で内訳は小倉家領四三石四升余、花園家領四三石四升余、高野家領一八石九升余、川鰭家領四三石四升余、平野社領四六石八升余、梨木三位知行分三二石五升余、大徳寺領一三八石一升余、天龍寺領六〇石である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む