小向郷(読み)おぶけごう

日本歴史地名大系 「小向郷」の解説

小向郷
おぶけごう

現小向に比定される中世郷。小向庄ともいい、「太深」とも書く。建武四年(一三三七)三月日の本間有佑代田嶋貞国軍忠状(「本間文書」早稲田大学蔵)に「当国朝明郡太深一分地頭本間四郎左衛門」とある。寛正六年(一四六五)七月六日の「親元日記」には、

<資料は省略されています>

と管領畠山政長施行状案が収められている。また山本兄弟跡の下地を伊勢貞弘の代官沙汰付することを守護一色義直に命じたこの施行状とともに、同日付の幕府奉行人奉書が出されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む