小土村(読み)こひじむら

日本歴史地名大系 「小土村」の解説

小土村
こひじむら

[現在地名]焼津市小土

小石(こいし)川左岸に立地し、北は益津(ましづ)郡大覚寺(だいかくじ)村、南は同川を挟んで五(ご)ヶ堀之内(ほりのうち)村、東は益津郡大村(おおむら)新田、西は保福島(ほふくじま)村および築地(ついじ)村(現藤枝市)。天文一八年(一五四九)八月一一日の駿府浅間社社役目録(村岡大夫文書)に、八月恒例の青山放生会流鏑馬郷役を負担する郷として小土郷がみえ、一貫文を負担している。寛永一九年(一六四二)の田中領郷村高帳では高九二四石余、田中藩領。以後同藩領のまま幕末に至る(国立史料館本元禄郷帳、正徳二年土岐頼殷領知目録、享保一五年「本多正矩領知目録」藤枝市史、旧高旧領取調帳など)。


小土村
こづちむら

[現在地名]能代市磐(いわお)字上(うわ)ミ・上田表(かみたおもて)・中田表(なかたおもて)・下田表(しもたおもて)・中谷地(なかやち)・上後野(うえうしろの)・館(たて)ノ下(した)・杉沢台(すぎさわだい)

西に栗山(くりやま)村、南に向能代(むかいのしろ)村がある。東雲(しののめ)台地の北端にあり、石(いし)川(竹生(たこう)川)が流れる低地に臨む。村の南部は台地で、入会草刈場であった。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に新田として七四石とある。栗山村・竹生村と同様杉沢野(すぎさわの)へ入り会っていた(→栗山村)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報