小坂部村(読み)おさかべむら

日本歴史地名大系 「小坂部村」の解説

小坂部村
おさかべむら

[現在地名]大佐町小阪部(おさかべ)

永富(ながとみ)村の西、小坂部川の右岸に位置し、東城(とうじよう)往来が通る。西は大佐山(九八八・四メートル)を挟んで菅生(すごう)村(現新見市)。集落は小坂部川沿いの篠原(しのはら)・千谷(せんだに)・寺地(てらじ)・刑部(おさかべ)・金藤(かねとう)などに散在。古代英賀(あが)郡刑部郷(和名抄)の遺称地で、中世にも公領小坂部郷として推移。慶長期(一五九六―一六一五)には田一町八反余(二三石九斗余)・畠八畝余(代五七五文)・屋敷二間(代五〇〇文)の安芸厳島神社道場領があった(慶長五年四月一八日「小坂部村野取帳写」厳島野坂文書)。寛永備中国絵図によると高五八一石、松山藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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