小坊村(読み)こぼうむら

日本歴史地名大系 「小坊村」の解説

小坊村
こぼうむら

[現在地名]久々野町小坊

無数河(むすご)村の南東、南流する飛騨川を挟んだ左岸にある。南は六郎洞(ろくろうぼら)山(一四七九・四メートル)と大坊(おおぼう)山(一三四六・六メートル)の尾根で阿多粕(あたがす)村と境する。北部中央付近桧(ひのき)ヶ尾(お)山(一〇八四・四メートル)の山麓飛騨川沿いに集落がある。枝村は大坊(斐太後風土記)。元禄飛騨国検地反歩帳の河内(こうち)郷に村名がみえ、高四九石余、田二町八反余・畑三町八反余。「飛騨国中案内」によれば免は二割八分一厘、家数一四はすべて百姓。天明八年(一七八八)の田二九石余・畑三九石余、うち新田高一四石余、反別田三町三反余・畑九町八反余、家数二三・人数一四八、牛馬三三、猟師鉄砲一(村明細帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む