小塚原村(読み)こづかはらむら

日本歴史地名大系 「小塚原村」の解説

小塚原村
こづかはらむら

[現在地名]名取市小塚原

増田ますだ(青熊川)の河口ひろ浦に面する海岸平野にあり、北東閖上浜ゆりあげはま、西は牛野うしの村に接する。かつてはこつはらとよばれ、蝦夷を埋葬したとも、日本武尊東征の際死者を埋めたともいわれる(閖上風土記)河川出水のため開発が遅れていたとされる。正保郷帳では田六二貫四九三文・畑三貫四九五文、水損と注され、ほかに新田四貫六二六文。年未詳の村覚(閖上観音寺蔵)によれば高一〇六貫三〇一文、うち蔵入地九四貫四七六文・給所一一貫八二五文、人頭四六人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む