小森上野村(読み)こもりうえのむら

日本歴史地名大系 「小森上野村」の解説

小森上野村
こもりうえのむら

[現在地名]津市高茶屋小森上野たかぢややこもりうえの町・城山しろやま一―三丁目

藤方ふじかた村の南、北のあい川と南の天神てんじん川の間の高茶屋台地にあり、東麓を通る伊勢参宮街道沿いに街村集落がある。東方は海岸まで低湿地が続く。村名は奄芸あんげ郡の上野村との混同を避けるためでもあろうが、もと小森村より分れたという経緯によるものでもあろう。戦国時代に台地上に奥山左馬允が砦を構え、のち藤方氏がこれに代わったが、織田信長の伊勢平定後、津城主織田信包の支配下となり、藤方・小森・雲出くもず矢野やの(現一志郡香良洲町)の諸村とともに塩浜年貢・浦年貢を上納している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

7月10日は東京・浅草観音(あさくさかんのん)(浅草寺(せんそうじ))の結縁(けちえん)日で四万六千日という。この日に参詣(さんけい)すると4万6000日参詣したのと同じ功徳(くどく)があるといって信...

ほおずき市の用語解説を読む