小田志村(読み)こたじむら

日本歴史地名大系 「小田志村」の解説

小田志村
こたじむら

[現在地名]武雄市西川登町にしかわのぼりまち小田志

現武雄市の最南端に位置する。

村内に打製石器の散布地があるが、平安時代末までほとんど人は住んでいなかったと思われる。鎌倉時代に長島ながしま庄惣地頭橘薩摩氏の分家、橘中村氏の領地となり、家臣の吉松某がこの村の奥山に館を建てたと伝えられ、その跡の石垣が残る。正保絵図に村名がみえる。

この村は大河内山おおこうちやまとよばれ、窯業関係の人たちのみの村で、江戸時代の初め武雄北部系の陶工たちが移ってきて開窯したものと考えられる。のち磁器も生産されるようになり、奥川おくがわ窯には輸出用陶磁器の荷札印が現存する。銅製で、幅四センチ、長さ六センチ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む