小田野村(読み)おだのむら

日本歴史地名大系 「小田野村」の解説

小田野村
おだのむら

[現在地名]美和村小田野おたの

川が村内を西から東へ流れ、西と南北には山が迫る。村の北部から流れる小田野川が緒川と合流する低地。太田烏山街道の宿場であった。東は高部たかぶ村。文禄五年(一五九六)の御蔵江納帳(秋田県立図書館蔵)に「小田野郷」とみえる。寛永一二年(一六三五)の水戸領郷高帳先高に「小田野村」とある。「水府志料」によると戸数およそ一〇一。同書に「古館 佐竹氏の末葉小田野刑部少輔行義といへるもの住せりと、土人云伝へり。館跡今山林となれり」とある。また「太田辺より黒羽筋への往来なり。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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