小石川富坂町代地(読み)こいしかわとみさかちようだいち

日本歴史地名大系 「小石川富坂町代地」の解説

小石川富坂町代地
こいしかわとみさかちようだいち

[現在地名]台東区蔵前(くらまえ)三丁目

浅草元旅籠(あさくさもとはたご)町一丁目の西にあり、浅草御蔵前(あさくさおくらまえ)通(日光道中)に並行した南北に細長い町。南は西福(さいふく)寺、西は御蔵手代居住地・浅草福富(あさくさふくとみ)町二丁目など、北は馬場と浅草新旅籠町代地。町の北側および町の中ほど東側は片側町、南側は両側町。元禄六年(一六九三)より御家人拝領町屋となっていた元地小石川富坂町(現文京区)が文化一四年(一八一七)焼失し、南方二千二五九坪余が御用地として収公されたため、翌文政元年(一八一八)当地に代地が給された。なお当地は代地となる以前は堀田加賀守の屋敷地であったため、里俗に堀田(ほつた)原とよばれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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