小篠塚村(読み)こしのづかむら

日本歴史地名大系 「小篠塚村」の解説

小篠塚村
こしのづかむら

[現在地名]佐倉市小篠塚

大篠塚おおしのづか村の東、鹿島かしま川右岸に位置。中世印東いんとう庄のうち篠塚に属した。「寛文朱印留」に佐倉藩領として村名がみえ、以後幕末まで同藩領。なお天正一八年(一五九〇)から慶長一八年(一六一三)まで北条氏勝領(岩富藩領)であったという。当地の慈眼じげん寺は氏勝の家臣萩野越中守の開基で、同氏の知行地であったとされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む