小篠塚村(読み)こしのづかむら

日本歴史地名大系 「小篠塚村」の解説

小篠塚村
こしのづかむら

[現在地名]佐倉市小篠塚

大篠塚おおしのづか村の東、鹿島かしま川右岸に位置。中世印東いんとう庄のうち篠塚に属した。「寛文朱印留」に佐倉藩領として村名がみえ、以後幕末まで同藩領。なお天正一八年(一五九〇)から慶長一八年(一六一三)まで北条氏勝領(岩富藩領)であったという。当地の慈眼じげん寺は氏勝の家臣萩野越中守の開基で、同氏の知行地であったとされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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