小茂内村(読み)こもないむら

日本歴史地名大系 「小茂内村」の解説

小茂内村
こもないむら

[現在地名]爾志にし郡乙部町字鳥山とりやま・字富岡とみおか

近世から明治三五年(一九〇二)までの村。乙部村・相泊あいとまり村の北、西流して日本海に注ぐ小茂内川流域に位置する。北は突符とつぷ村。「津軽一統志」に「こもない 小川有 家十軒」と記される。元禄郷帳に小茂内村とみえ、享保十二年所附は小茂内村と村内の地名「お山」をあげる。天明六年(一七八六)の家数五〇余・人数一五〇余(蝦夷拾遺)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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