小蔵寺跡(読み)おぐらじあと

日本歴史地名大系 「小蔵寺跡」の解説

小蔵寺跡
おぐらじあと

[現在地名]前原市白糸

白糸しらいとにあった真言宗寺院。怡土いと郡七ヵ寺の一で、観音堂が残るという(続風土記)。大用山と号する(糸島郡誌)。聖武天皇の御願寺として聖賀が建立したという(元亨四年一〇月日「預所為雅下文」児玉採集文書/鎌倉遺文三七、以下すべて同文書)。建保五年(一二一七)正月八日の僧隆範譲状(鎌四)に「小蔵寺」とみえ、隆範が知行する当寺の院主職および田地が光善房隆秀に譲られている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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