小見川藩陣屋跡(読み)おみがわはんじんやあと

日本歴史地名大系 「小見川藩陣屋跡」の解説

小見川藩陣屋跡
おみがわはんじんやあと

[現在地名]小見川町小見川

小見川村に置かれた小見川藩内田氏の陣屋跡。文禄三年(一五九四)松平家忠は領知一万石のうち上総の知行分を小見川周辺に替地として与えられ、同年一二月二日の松平家忠知行書立(本光寺文書)では小見川本郷・木之内きのうち郷・虫幡むしはた郷・下小堀しもこぼり郷内と溝原みぞはら(現干潟町)の三千九二石余などとなっている。慶長五年(一六〇〇)忠利が襲封するが、同六年三河国深溝ふこうず(現愛知県幸田町)に移封。翌七年土井利勝が香取郡一万石で入封。同一七年には安藤重信が入封、下総国香取・結城両郡で一万石、上野国多胡たご郡で六千六〇〇石を領した。元和元年(一六一五)この二国三郡に常陸国鹿島郡・近江国神崎かんざき郡で二万石の加増となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む