小谷場村(読み)こやばむら

日本歴史地名大系 「小谷場村」の解説

小谷場村
こやばむら

[現在地名]川口市小谷場・芝塚原しばつかはら一丁目・芝西しばにし二丁目

芝村の西に位置し、村の北部は大宮台地南端の舌状台地で、南には低地が広がる。東部で見沼代用水(西縁)が分岐し、一筋は芝村へ、もう一筋は南西文蔵ぶぞう(現浦和市)へ流れる(郡村誌)。古くは芝村の内であったという(風土記稿)。田園簿では田二四六石余・畑五八石余で、旗本安西甚兵衛領。万治二年(一六五九)甚兵衛の後を継いだ元春が当村のうち四石余を残して弟元仙へ三〇〇石を分知しており、以降安西二氏の相給となり、幕末に至る(「寛政重修諸家譜」「風土記稿」・改革組合取調書)。浦和領に属し、化政期の家数三〇(風土記稿)。元禄七年(一六九四)から中山道蕨宿へ助郷に出役(「蕨町助郷帳写」岡田家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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