小高坂村(読み)こだかさむら

日本歴史地名大系 「小高坂村」の解説

小高坂村
こだかさむら

[現在地名]高知市北八反きたはつたん町・八反はつたん町一―二丁目・新屋敷しんやしき一―二丁目・城北じようほく町・小津おづ町・桜馬場さくらばば越前えちぜん町一―二丁目・やまはな町・大膳だいぜん町・西にし町・宮前みやまえ町・さんまる

高知城下に隣接する村で、高知城の北西方にあたる。土佐郡に属し、東はくち村で、西部は小高坂山の丘陵地となっている。「土佐州郡志」に「東西十町許南北十二町、其土黒、戸凡六百二十士民雑居」とみえ、江戸時代中期の「詒謀記事」(県立図書館蔵)には「昔ハ大高坂・中高坂・小高坂と三ツの山有、大高坂ハ今の御城也、中高坂ハ円満寺の山也、今小高坂迄一名有、外ハ名さへ知る人稀也、中高坂ハ御城普請ニ土を取て堀をつぶしぬれハわつか寺の後ニ方形斗り残り山と云事を知る人なし」とあって、小高坂村には中高坂山・小高坂山があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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