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尚順 しょう じゅん

美術人名辞典の解説

尚順

明治・大正期の沖縄の新聞記者政治家。最後の琉球王尚泰の四男。琉球処分に伴い父と共に7才で上京帰県。沖縄で最初の新聞『琉球新聞』を創設し社長に就任し傍ら船会社農園の経営もする。第二次大戦までの沖縄支配層に中心的人物。沖縄戦で昭和20年(1945)歿、72才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尚順 しょう-じゅん

1873-1945 明治-昭和時代前期の実業家。
尚泰王26年4月6日生まれ。最後の琉球国王尚泰の4男。琉球処分で父とともに上京。帰郷して明治26年沖縄で最初の新聞「琉球新報」を創刊。32年沖縄銀行を創立。また船会社や農園など各種事業を幅ひろく手がけた。37年貴族院議員。昭和20年6月16日死去。73歳。号は鷺泉(ろせん)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

尚順

没年:昭和20.6.16(1945)
生年:尚泰26.4.6(1873.5.2)
近代沖縄の黒幕的な政治家。最後の琉球王尚泰の4男で,松山王子と通称される。男爵に列せられた。首里の守旧派を糾合して沖縄初の新聞『琉球新報』を創刊するなど影響力を強める。政府・県政と妥協し,その範囲内で旧首里士族の権益を図ることに努めた。かたわら銀行,缶詰工場,運輸,商業,農園などの事業にも参画し,経済界でも隠然たる勢力を保持した。沖縄戦の最中,南部に日本軍と共に逃れたが,避難濠の中で衰弱のため死去した。<参考文献>山里永吉編『松山王子尚順遺稿』

(高良倉吉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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