尾崎行輝(読み)オザキ ユキテル

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「尾崎行輝」の解説

尾崎 行輝
オザキ ユキテル


肩書
参院議員(緑風会),日本航空取締役

生年月日
明治21年1月

出生地
東京

学歴
京都帝大理科中退

経歴
尾崎行雄長男ライト兄弟に刺激されてパイロットを志し、帝国飛行協会の第1期生として民間航空草分けの一人となった。大正6年自分で設計した飛行機で不時着事故を起こし、その後は父の秘書となった。昭和22年全国区から参院議員に当選。日本航空の創設に尽力、同社顧問、日本航空協会理事として航空業発展に貢献した。

没年月日
昭和39年6月3日

家族
父=尾崎 行雄(政治家)

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「尾崎行輝」の解説

尾崎 行輝
オザキ ユキテル

大正・昭和期の飛行士,政治家 参院議員(緑風会);日本航空取締役。 航空先覚者。



生年
明治21(1888)年1月

没年
昭和39(1964)年6月3日

出生地
東京

学歴〔年〕
京都帝大理科中退

経歴
尾崎行雄の長男。ライト兄弟に刺激されてパイロットを志し、帝国飛行協会の第1期生として民間航空草分けの一人となった。大正6年自分で設計した飛行機で不時着事故を起こし、その後は父の秘書となった。昭和22年全国区から参院議員に当選。日本航空の創設に尽力、同社顧問、日本航空協会理事として航空業発展に貢献した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「尾崎行輝」の解説

尾崎行輝 おざき-ゆきてる

1888-1964 大正-昭和時代の飛行士,政治家。
明治21年1月14日生まれ。尾崎行雄の4男。京都帝大在学中にライト兄弟にあこがれ,民間パイロットとなる。大正4年帝国飛行協会航空局技師。6年みずから設計した飛行機で不時着,以後父の秘書をつとめる。昭和22年参議院議員(緑風会)。日本航空の創設につくし,26年取締役。昭和39年6月3日死去。76歳。三重県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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