日本歴史地名大系 「山ノ坊村」の解説 山ノ坊村やまのぼうむら 奈良県:北葛城郡河合町山ノ坊村[現在地名]河合町大字山坊(やまのぼう)馬見(うまみ)丘陵東部、池部(いけべ)村の西南方、佐味田(さみた)川左岸に位置し、現地ではヤマンボウとよんでいる。山守部を山部としヤマンベ・ヤマンボに転訛したものか(→山守郷)。ちなみに当村には、馬見山(うまみやま)・小守田(こもりた)(山守田の誤か)などの小字が残っている。「大和志」には「桜嶺在山ノ坊村西」とあり、村西部の桜(さくら)峠を万葉遺跡に擬定している。慶長郷帳には「山の坊村」とあり、村高は一九〇・六石。領主は御番衆。 山ノ坊村やまのぼうむら 奈良県:橿原市多・耳成地区山ノ坊村[現在地名]橿原市山之坊(やまのぼう)町耳成山東南麓に位置。米(よね)川両岸に及ぶ。宝亀八年(七七七)の大和国佐位荘券(東寺百合文書)に「路東廿二条三山部里(中略)廿三条ニ耳梨里」とある山部(やまべ)里は、この山ノ坊村から北の常盤(ときわ)村に該当。近世初期は旗本鈴木重時領、慶長・天保両郷帳には「山之坊村」とあり村高三〇七・六九石。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報