山下袋町(読み)さんげふくろまち

日本歴史地名大系 「山下袋町」の解説

山下袋町
さんげふくろまち

[現在地名]鳥取市東町一丁目

現県知事公舎の奥の辺りをさす。享保(一七一六―三六)の大火以前にあった、江崎上えざきうえの惣門を入ってすぐ右側山手の行止りになっている町の名称で、大火後は東館家の屋敷地となって消滅した。最奥には岩田平次右衛門の屋敷があり、寛文元年(一六六一)幕府御徒頭衆都築弥右衛門が当藩に配流されたとき、同屋敷に置かれた。都築氏は同一〇年に許されて江戸に帰る折「因幡川浪にしづみし埋木もまた浮む瀬に逢世ありけり」と詠み、同氏と親交のあった小泉友賢が「十年楚水遷適久 徴書忽来赴江右 定知他日爵禄栄 青雲独歩何難有」という詩で帰参を賀したという(鳥府志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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