山口小太郎(読み)ヤマグチ コタロウ

20世紀日本人名事典 「山口小太郎」の解説

山口 小太郎
ヤマグチ コタロウ

明治・大正期のドイツ語学者 独逸学協会学校教授。



生年
慶応3年2月28日(1867年)

没年
大正6(1917)年1月23日

出生地
江戸・青山南町

学歴〔年〕
東京外国語学校〔明治17年〕卒

経歴
明治17年東京外国語学校を出て、山口中学校、第一高等中学校などで教鞭を執り、帝国大学教育科でドイツ文学・史学を修めた。24年第一高等中学校教授となり、25年学習院教授を兼ね、31年高等商業学校付属外国語学校教授となる。33年ドイツに留学し、36年帰国後、東京外国語学校(現・東京外国語大学)、学習院のほか、独逸学協会学校(現・独協大学)の教授を務める。一方、31年「独逸語学雑誌」の創刊に加わった。またドイツ語の読本、文典を著し、大村仁太郎・谷口秀太郎と併称してドイツ語学界の三太郎といわれた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山口小太郎」の解説

山口小太郎 やまぐち-こたろう

1867-1917 明治-大正時代のドイツ語学者。
慶応3年2月28日生まれ。一高,学習院,東京外国語学校(現東京外大),独逸(ドイツ)学協会学校(現独協大)の教授をつとめる。明治31年「独逸語学雑誌」の創刊にくわわった。大正6年1月23日死去。51歳。江戸出身。東京外国語学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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