山塚原古墳群(読み)やまつかばるこふんぐん

日本歴史地名大系 「山塚原古墳群」の解説

山塚原古墳群
やまつかばるこふんぐん

[現在地名]木城町高城

小丸おまる川左岸に接する標高約八〇メートルの台地上に展開する。対岸百合野ゆりの地区・陣の内じんのうち地区にも古墳が分布し、昭和一四年(一九三九)合せて木城村古墳として前方後円墳三基・円墳四六基・横穴墓一〇基が県の史跡に指定された。山塚原地区の指定古墳は円墳三一基で、二三基が現存している。昭和五八年当古墳群内で発掘調査が行われ、墳丘を削平された円墳周溝が一四基検出された。周溝は外径一一―一四メートル、周辺に現存している円墳と同規模のものであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む