山本庄・北山本新庄(読み)やまもとのしよう・きたやまもとしんしよう

日本歴史地名大系 「山本庄・北山本新庄」の解説

山本庄・北山本新庄
やまもとのしよう・きたやまもとしんしよう

古代の阿野(あや)郡山本郷(和名抄)の名称を継ぐ崇徳院御影堂(頓証寺)領。山本郷は現坂出市の西部、川津(かわつ)町を除く綾(あや)川左岸地域に比定されているが、当庄域が山本郷全域に及んでいたかは不明。崇徳院御影堂は京都青蓮(しようれん)院門跡が検校職として管領していた。当庄が御影堂領となった時期について、応永一三年(一四〇六)成立の白峯寺縁起には、文治年間(一一八五―九〇)に源頼朝によって寄進されたとある。史料の性質上確実とはいえないが、「玉葉」建久三年(一一九二)七月二八日条に、崇徳院讃岐国御影堂領に官符を賜るべきか相談があったことが記されているから、この頃御影堂領になったとみることはできよう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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