山裏(読み)やまうら

日本歴史地名大系 「山裏」の解説

山裏
やまうら

中世地名。現東臼杵郡から現児湯こゆ郡・西都市にかけての県中央山間部をさしたと思われる。「日向記」によると、天文二年(一五三三)に伊東祐武が伊東祐清勢に殺害された後、伊東宗家の跡をめぐって祐清と祐武の子息左衛門佐が対立した。左衛門佐は平野ひらの(現西都市)の米良氏を頼み、両氏は山裏一揆を率いて一二月に伊東氏の本城である都於郡とのこおり(現同上)を攻め、翌三年二月には新納の高にいろのたか(現木城町)を攻めたがいずれも敗れたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む