岡成村(読み)おかなりむら

日本歴史地名大系 「岡成村」の解説

岡成村
おかなりむら

[現在地名]米子市岡成

尾高(おだか)村の東、大山の麓にあり、南を佐陀(さだ)川支流石田(いしだ)川(袋川・精進川)が西流する。石田川沿いに大山道(尾高道)が東西に通る。拝領高は二〇三石余、本免は四ツ六分。河毛氏の給地があった(給人所付帳)。幕末の六郡郷村生高竈付では生高二五一石余、竈数三一。「伯耆志」の家数三一・人数一四五。松を主とした山林六町六反余。瓦を製造していた。藪役銀一〇匁を納める(藩史)。北方にある岡成堤は周囲四町余の大灌漑池で、元来尾高城防衛のために構築されたともいわれる。享保一一年(一七二六)一二月八日昼に突然三三間にわたって決壊、尾高村に死者・流家多数を出す大被害があり、当村田畑も荒廃した(在方諸事控)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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