岩ヶ岡村(読み)いわがおかむら

日本歴史地名大系 「岩ヶ岡村」の解説

岩ヶ岡村
いわがおかむら

[現在地名]いわき市常磐岩(じようばんいわ)ヶ岡町(おかまち)

藤原(ふじわら)川中流右岸にあり、北東対岸は下船尾(しもふなお)村、南東は島(しま)村、北は下西郷(しもにしごう)村。永正年間(一五〇四―二一)頃と推定される年月日未詳の呑空書状(白土文書)によれば、呑空は岩城隆忠より「岩岡之内に所領を預」けられたが、「三年うけとり不申候」とみえる。磐前(いわさき)郡に属した。近世の領主の変遷は磐城平藩領より、寛文一〇年(一六七〇)村高のうち五九石余が湯長谷藩領となり、以後幕末まで続く。残余は磐城平藩領として続き、延享四年(一七四七)以降幕府領。文禄四年(一五九五)の四郡検地高目録では菊多(きくた)郡のうちに村名がみえ、高三五三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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