岩子山城跡(読み)いわこやまじようあと

日本歴史地名大系 「岩子山城跡」の解説

岩子山城跡
いわこやまじようあと

[現在地名]松山市北斎院町

標高一二八メートルの山上にある中世の城跡。大空おおうつろ城ともいい、もと河野氏の枝城であったと考えられる。細川氏の部将宍草出羽入道は河野通尭が九州に赴いたすきに乗じてこの城に拠り、温泉郡における勢力の拡大をはかった。正平二三年(一三六八)に通尭は郷土における権勢の回復を企てて九州から帰国し、伊予郡松前まさき浜に上陸して岩子山城を攻撃した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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