岩門城跡(読み)いわどじようあと

日本歴史地名大系 「岩門城跡」の解説

岩門城跡
いわどじようあと

[現在地名]那珂川町安徳・山田・上梶原

岩門に築かれた中世の城郭。岩門は軍事的な重要拠点であったため、中世を通じて史料中に城の名をみることができる。しかし史料上にみえる岩門城がすべて同一の城郭をさすものではない。

鎌倉時代から南北朝時代の史料にみえる岩門城は、現大字安徳(あんとく)・山田(やまだ)・上梶原(かみかじわら)にまたがる城山(じようのやま)にあったと推定される。「続風土記」などには龍神(たつがみ)山城跡などと記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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