岸上恢嶺(読み)きしがみ かいれい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「岸上恢嶺」の解説

岸上恢嶺 きしがみ-かいれい

1839-1885 幕末-明治時代の僧。
天保(てんぽう)10年8月8日生まれ。江戸増上寺にまなび,明治元年同寺の学寮主となる。浄土宗学校の設立を主唱し,開設後東部本校(東京),西部本校(京都)の司教をつとめた。16年宇治平等院住職。明治18年2月15日死去。47歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。号は曠蓮社廓誉。著作に「選択集纂註」「説教惟中策」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む