島宮村
しまみやむら
[現在地名]江南市島宮
東野村の西にあり、東を般若用水、西を新般若用水が流れ、中央を巡見街道が通る(天保村絵図)。慶長一三年(一六〇八)の検地帳(妙興寺文書)に字名がみられ、水堀・平野は現在も残る。文禄四年(一五九五)豊臣秀吉朱印状(同文書)に「尾州丹羽郡嶋宮村弐百拾七石七斗九升」とみえ、妙興寺(現一宮市)領があった。慶長六年清須城主松平忠吉も当村内の地二〇〇石を妙興寺領として安堵し、尾張藩成立後も代々の藩主が安堵している。「徇行記」によれば、概高四〇石余で織田遠江の知行地。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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