崔茂宣(読み)さいもせん(その他表記)Ch`oe Mu-sǒn

改訂新版 世界大百科事典 「崔茂宣」の意味・わかりやすい解説

崔茂宣 (さいもせん)
Ch`oe Mu-sǒn
生没年:?-1395

朝鮮,高麗末の火薬発明者。永州の人。当時激化していた倭寇の撃退手段として火薬の有効性に着目し,中国人商人からその製法を学び,政府を動かして火都監を設置させ,その主任として火薬と火器の製造,火器搭載戦船の造営に当たった。1380年,錦江河口の鎮浦への倭寇襲来に際し,それらを用いて大打撃を与え,功により知門下府事に任ぜられた。子の崔海山も彼の火薬製法を伝えて,李朝に仕えた。
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